最近、中国四川大地震や岩手・宮城内陸地震といった災害や
秋葉原の無差別殺傷事件といった事件など、一度にたくさんの身近な人が突然
死ぬといったニュースが多いように思います。
東京に住んでいると、こういった地震や事件に巻き込まれる可能性も
無いわけではなく、もし自分や自分の周りの大切な人達に
テレビなどで報道されているのと同じような別れが訪れたら・・と考えさせられるものです。
こういったニュースを見るたびに昔私の先輩が交通事故で突然亡くなったことを
思い出します。
私はその悲しみの中、人が死ぬってこんなに簡単なものなのか、
生きる死ぬって何なのかを毎日考えていました。
その時私なりに学んだことは、「身の回りにいる大切な人達と明日も会える保証はないんだ」
ということでした。
それから何年か後に父親が脳梗塞で倒れ意識が戻るか分からないと医者に言われたときも
ショックと共に先輩の時と同じ言葉「明日も会える保証はないんだ」が深く心に刻み込まれました。
それからは私の中では、いつも人と合う時は「この人と会えるのも今日が最後かも知れない」
という感覚が強くなりその感覚は今も変わらず心の中にあります。
こういったは別れに対する恐怖心から起こったものなのかもしれませんが
私はこの感覚のおかげで今、目の前にいる人に対して自分なりに後悔がないように
思い残しがないように接するようになりました。
それは私にとって日々の瞬間はかけがえのない時間なんだということを知りましたし
今こうして人と人が向き合うという事は本当はすごい奇跡なんじゃないかなと
思ったりします。
世の中は相変わらす喧嘩や争いの話が絶えませんが、もし今日が人生最後の日だとしたら
果たして喧嘩という形をとるでしょうか。
私は最近のニュースの中で、突然大切な人を亡くした人を見るたびに
今のこの瞬間をもっともっと大切にしなければと思うのです。