昨日来られたTさんと話をしていて、Tさんは私の所にもう11年半通っているそうで
治療院を立ち上げてからもうすぐ10年になるのですが、まだフリーで
やっていたときから通っていただいている患者さんです。
カルテを見ると、はじめてこられた時からのことが書いてありますので、それはいわば
10年日記のようなもので、記録をたどれば本人よりも何があったか正確に
歴史をたどることができます。
カルテの記録とは裏腹に人の記憶は曖昧なもので、ある患者さんに癌が治った方がいまして
カルテを見ながら「そう言えば以前癌になった時は大変でしたね」と話をしたら
そんなことありましたっけ?と言われ驚いたことがあります。
人の脳は、理解できない出来事やトラウマといった不快な記憶を忘れてしまうことで
ストレスを回避していると聞いた事がありますが、それは本当のようです。
初恋の人の記憶は時が経つに連れどんどん美化していき、おれは世界一の美女に恋をしていたと
いった甘美な思い出もついには同窓会で会ったときにショックを受け、「あぁ、
見なければ良かった、青春を返してほしい」と幻滅してしまうことがあります。
現実に見た世界と記憶にある美化された空想の世界といったいどちらが
その本人にとっての真実なのだろうかと私なりに考えてみると、どうやら人は空想の方を主体に
して自分の都合のよい世界を作りながら生きているのではないかと思います。
そこで考えてみます。
現実を見て味わう時間より、空想で思う時間のほうがはるかに長く、そして空想の方が
自分にとってはリアルな真実だとすれば、現実に起こっていることに対して、
それを自分がどう解釈するかで幸せにも不幸にもなれるのでは。
つまり幸せや不幸は外からやってくるものではなく自分で作り出しているのでは。
例えば、リストラにあったとします。
その現実に対して、これからどうやって生きていけばいいのだろう、次の仕事が見つからなくて
食べていけなくなったらどうしようと悩む日々を送る人と、よしこのリストラを転機にして次はもっと
自分に相応しい仕事を見つけようと早々面接を始める人とあります。
どちらが早く幸せになれるかは誰でもわかると思います。
同じ現実でも、自分次第で幸せにも不幸にもできるのです。
どんな出来事も自分の都合のよいように捉える練習をしていくことで、
大変に見えるどんな現実も安々と過ごせるようになると思います。
空想=解釈です。
幸せとは自分にとって都合の良い解釈(空想)。
ただそれだけなのです。