もし、あなたが病気になった時、その現実をどのように受け止めますか。
またはどのように対処するでしょうか。
大抵の人は、早く医者に行って治してもらわなければと考えますが、どうして病気に
なったのかという原因を見ようとはしないかもしれません。
たとえ原因を見ようとしても、なんて自分はついてないんだろう、もしかしたら厄年だったかな、
と運勢のせいにしてみたり、あの時人に嘘をついたからかな、人を傷つけたからかなと
何かの自分の行ないに対する罰とおもってみたり、先祖の行ないが悪かったかもしれない、
先祖が成仏していないから自分は病気になったのかもしれないと思ってみたり、
あるいは何か悪い霊にとり憑かれたかもしれないと霊現象のせいにする人も
いるかもしれません。
それらはどれも自分とは別の何者かの原因によって病気という災難が振りかぶっていると
考えるのですが、それは単に形を変えた自己逃避にすぎません。
実は原因は自分の中にあるのです。
私が病気になったらこのように考えます。
最近どのように過ごしていたかな、またはどんな事を考えて生きていたかな。
何を我慢していたかな、何に怒っていたかな、不安や心配があったかな。
私は、病気や痛みは偶然に起こるものではないと考えています。
それどころか病気は自分自身が創りだしているのです。
これは10年以上人の観察をしてわかったことであり、誰もが「自分を忘れている時」に、
自分を思い出させる為のサイレンの役割として痛みや病気が起こっているのです。
自分が創り出している事に目を向けるという事は、自分の人生に責任を持つ事であり、
自分の体をコントロールする術を学ぶ事でもあります。
誰かの為に犠牲になろうとしていたり、誰かに理解してもらおうと努力していたり、
体は悲鳴をあげているのに働き続けるとか、何かに依存しないと生きていけないと、
そういった人生になっているなら、それは全て自分を忘れてしまっていることになります。
その人は今は大丈夫でも、いつしかサイレンが鳴って自分をもう一度見つめなおす
ときが来ます。
もし今、体が辛かったり病気だったりするのなら、自分をもっと大切にしようと取り組んだり
もっと自分の感情や気持ちといった事に耳を傾けてあげることで体は楽になるものです。
病気とは自分という存在から分離させないための自己修復システムなのです。
それは、病気というきっかけを通じてどれだけ自分の気持ちを聞いてあげていたか、
自分と向き合っていたかを確認する事であり、自分という存在の価値を再確認する
時でもあるのです。